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2018年11月7日水曜日

フランシス・レイ

フランシス・レイが亡くなりました。


60年代後半から70年代にかけては、ラジオのキー局でも地方局でも必ずおもにリクエスト葉書(&多少の意図的操作?)による洋楽のベストテン番組がありました。70年代後期から80年代のベストテンは海外と情報やタイムラグがなくなっていき、ほぼUSAチャートやUKチャートと変わらないラインナップになっていくのですけど、70年代前半、つまり僕が中学や高校の頃の洋楽ベストテンというのは、日本で「洋楽」として発売されたEP盤すべてを対象としていて、基本はアメリカのヒット曲なのですが、その中にはヨーロッパ(とくに伊・仏そしてオランダ)の曲や、日本だけでシングルカットされた曲や、ときには日本で「洋楽」の体で作られた曲や、イージーリスニングや、そしてしばしば映画のサウンドトラック盤(もしくはそのカバー競作)がごった煮のような状態で、その順位を競っていました。

キングレコードのSEVEN SEASのように、主にサントラEP盤に特化したレーベルもあり、アルバム=LPのサウンドトラック盤はお小遣いが足りなくてなかなか買えない中坊にとっては大変ありがたかったのです。

その時代、もっともチャートに頻繁に顔を出す映画音楽家がヘンリー・マンシーニとバート・バカラックとフランシス・レイとミシェル・ルグランでありました。なかでもフランシス・レイは、映画はさほどヒットしなくても、彼のEPサントラ盤は必ずチャートインするほど人気で、とくに『ある愛の詩』のメロディが世を席巻してからは、逆に「好きな音楽家は?」と訊かれると洋楽ファンとしてはフランシス・レイとはなかなか答えがたい雰囲気すらありました(甘すぎ&メジャーすぎて)。

とはいえ、僕は中学時代に放送部をやっていたので、彼らの曲は校内放送のBGMとしてユースフルで大変お世話になりました。このことはこのエントリーでもちょっと触れています(→GQ版『遠くへいきたい』第2回

その思い出もあいまって個人的ベストはやはり『白い恋人たち』。あと流れ者』と『さらば夏の日』。どうしても70年前後の曲が多くなる。彼が脚光を浴びた『男と女』(66年)を観ることができたのは、上京して名画座というものに出逢ってからでした。

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